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Fausto Talks Episode.3|チーム・スカイとの15年間 part.1

ピナレロを率いるファウスト・ピナレロ氏が、これまでの自転車人生で象徴的なバイクに光を当てるドキュメンタリー動画「fausto talks」。エピソード3は、現在イネオス・グレナディアーズとして知られるチーム・スカイとの15年間のパートナーシップについて語る。当時最強を誇ったチームへの機材供給は、ピナレロのバイク作りをどう変えたのか。
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コラボレーションの始まり
バイクメーカーとプロチームとの関係は、単に「自転車を供給する」「自転車を供給してもらう」というだけのものではないが、ピナレロとチーム・スカイの場合は、ひときわ繋がりが強かったようだ。それは、ピナレロのバイク作りにも大きな影響を与えた。
ファウスト:チーム・スカイとのコラボレーションは、我々にとって、とても不思議な経験でした。彼らと紡いだ物語は、パートナーシップ締結の数年前から始まります。まず、フィル・グリフィス(70-80年代に活躍したイギリス出身の元プロ選手)が、「イギリスのナショナルトラックチームのスポンサーになったらどうか」と提案してきたんです。

ファウスト:当時のトラックレースは、デイブ・ブレイルスフォード(1997年から2014年までイギリスナショナルチームのパフォーマンスディレクターを務め、当時弱小国だったイギリスを強豪へと育てた。現在はUCIワールドチーム、イネオス・グレナディアーズのチームプリンシパルを務める。かの有名なマージナル・ゲインという概念を提唱したことでも知られる)によって管理運営されていました。

そのときのイギリスのナショナルチームは、ジェームズ・マードックが会長を務めるスカイグループにスポンサードされていました。数年後、スカイグループはプロのスポーツチームを立ち上げることを決めます。彼らは私に「一緒に冒険をしないか?」と尋ねました。応えはもちろん「yes」ですよ。そうして2009年、私はカーステン・イェッペセンからの電話を受けました。チーム・スカイの技術的なマネジメントをすることになる人物です。
カーステン・イェッペセンは、1967年生まれのデンマーク人。2005年のCSCプロチームを経て、2013年から2018年までチーム・スカイのスポーツディレクターを務めている。現在はイネオス・グレナディアーズのパフォーマンスオペレーションディレクター。要するにロードレース界の重要人物である。

カーステン:チーム・スカイができる1年前、ファウストと私はコペンハーゲンの私のオフィスでミーティングを行いました。そのときは話はまとまりませんでしたが、いい関係を築くことができたと感じました。その後、チーム・スカイ立ち上げプロジェクトに取り組んでいたとき、私は再びファウストにコンタクトをとり、私のいくつかのアイディアや挑戦しようとしていることを話しました。数回の議論を経て、「これなら上手くいくぞ」と感じました。ピナレロは、特にファウストはこの挑戦に乗り気になってくれたようでした。そうして、2009年に全てが始まったのです。


ファウスト:私たちは2009年に会い、レース部門、開発部門、塗装工場、アッセンブリラインを案内し、私のバイクを見せました。それはシマノの電動コンポで組まれたプリンスカーボンでした。我々は当時、唯一のケーブル内蔵フレームを製作していたメーカーでした。彼はそれを見て驚いていましたね。彼は私に「チームにどのようなバイクを供給するつもりか」と尋ねました。私は彼に2010年に発表する予定のTTバイクのグラールを見せました。ダウンチューブ*注1にクジラのヒレから着想を得た先進の空力設計が導入された、空力的に優れたフレームです。また、我々にとって初となる左右非対称設計を取り入れたドグマ60.1も紹介しました。彼に左右非対称設計について、それがどのように機能するのかを説明しました。彼は熱心に耳を傾けてくれました。
注1動画ではシートチューブと表記されているが、おそらくダウンチューブの間違いだと思われる。
カーステン:チーム・スカイとのコラボレーションは彼にとって少なからず衝撃的だったようです。一緒に仕事を始めたとき、私たちの要求はかなり厳しかったですからね(笑)。


自転車にかかる力を見直す
動画では、ここでピナレロのエンジニアを務めるマッシーモ・ポロニアート氏が登場する。
マッシーモ:私たちの自転車の核となる非対称性の概念は、私が入社する何年も前に、エンジニアのマルコ・ギアキが記した論文の研究に基づいて生まれました。
ランボルギーニのF1チームでエンジニアとして活躍し、エスパーダやパリジーナの設計開発に関わり、あのオンダフォークの提案者でもあるマルコ・ギアキ氏の名前がここでも登場する。ピナレロのバイク作りにおいて、彼の貢献は非常に大きいことが分かる。
マッシーモ:自転車をシステムとして解析したところ、自転車にかかる力は左右対称ではないことが分かったのです。ライダーがペダリングによって左右交互に自転車に加えている力は、厳密に言えば左右差はありますが、だいたい同じであるとしましょう。問題は、自転車にはドライブトレインが右側に付いていることです。どちらのペダルを踏んでも、チェーンには常に同じ方向の力が働きます。よって、バイクの反応性や重量剛性比を最適化するには、フレームを左右非対称に設計し、かかる力に上手く対抗するのが適切であるはずです。

話は再びピナレロとチーム・スカイの関係に戻る。
ファウスト:2009年の8月の休日、彼(カーステン・イェッペセン)が「今すぐ会おう」と電話をかけてきました。私は「今日は休日だから会えない。明日には帰るから」と言い、2日後に会社で会いました。そこで私はスポンサーシップ締結を決めたのです。

2010年、イギリスのテレビ局であるスカイ社をメインスポンサーとして立ち上げられたスカイ・プロフェッショナル・サイクリング。立ち上げメンバーの一人であるデイブ・ブレイルスフォードは「5年以内にツール・ド・フランスの総合優勝を達成する」と宣言し失笑を買うが(当時のイギリスはそれほど弱かった)、わずか2年後にそれを実現してしまう。結局、スカイ・プロサイクリング、チーム・スカイと名称を変更しつつ、2019年までにツール・ド・フランスの総合優勝を7回達成(2012:ブラッドリー・ウィギンス、2013/2015/2016/2017:クリストファー・フルーム、2018:ゲラント・トーマス、2019:エガン・ベルナル)。まさに無敵だった。2019年にメインスポンサーがイギリスの化学企業イネオスへと受け継がれ、チーム名はチーム・イネオスに。現在もイネオス・グレナディアーズとして活動を続けている。


細部に宿る力
チーム・スカイによって有名になった言葉が「マージナル・ゲイン」だ。直訳すれば「わずかな利益」だが、「対象を小さな要素に分解し、それぞれをたった1%でも改善すれば、トータルでは劇的な改善に繋がる」という概念のことだ。これはファウストの哲学、そしてピナレロのバイク作りにも大きな影響を与えたようだ。
カーステン:私にとってマージナル・ゲインとは、細部まで注意を払うことです。あらゆる可能性を試し、一つのものだけを見ないこと。
ファウスト:一番印象に残ったのはデイブ・ブレイルスフォードとのミーティングでした。彼は本当に細かいところまで目を配るんです。その細かいことの積み重ねが違いを生むんです。それは、私はもちろん、他のスポンサー、選手、チームのスタッフにも強い印象を残しました。
カーステン:私たちの目標は、勝利し成功することです。そのチャンスは、細部をよく観察し、物事に真摯に取り組めば取り組むほど高まるんです。もちろん、才能のある選手も必要ですが、彼らを最善の方法でサポートできる組織も必要です。機材、補給、睡眠、そして全体のセットアップ、コーチング、メンタル面のサポート……その全てが必要なんです。私たちはそのやり方で成功を収めることができました。
チーム・スカイは、レース中の宿泊に常に同じマットレスと枕を使って睡眠の質を改善した。選手が到着する前に部屋を隅々まで掃除した。アレルギーや感染症のリスクを下げるためだ。移動に使われるチームバス、メカニックの作業、ヘルメットやウエア、補給、ケミカル、レース前後のアップとダウンなど、全てに気を配った。もちろん、バイクも厳しい目に晒される。

ファウスト:このマージナル・ゲインという考え方は、私に大きな感銘を与えました。彼らが私のところに来て、ピナレロ社の研究開発部門を見せてほしいと言ったのを覚えています。
カーステン:バイクに対するアプローチにおいて、我々は空力、重量、剛性といった単純なスペックだけを見ていたわけではありません。我々は常に全体像を見ていたんです。A地点からB地点まで最も速く移動できるバイクを作るにあたって、この自転車業界では「重量や空力が全てだ」と言われることも多いですが、しかし本当に速く走ることができるバイクを作るには、パズルのピースを全て揃える必要があります。
マッシーモ:当時はヒルクライム用の軽量バイクが流行していました。その後、空力のトレンドが到来し、平坦ステージに特化したエアロロードが出てきました。しかし私たちは、あらゆる性能を一台に融合させたバイクを作ることを選択したのです。どんなコースでも速く走ることができ、選手がグランツールのステージによってバイクを使い分ける必要がないような、バランスのとれた一台を。
カーステン:我々のアプローチは、その他大勢とは違います。しかし、ジオメトリに関しては大きく変化させないようにしています。なぜなら、ピナレロバイクの長所の一つがハンドリングだからです。それはピナレロに乗るライダー全員が享受できる、ピナレロの財産です。だから私は常に「ジオメトリは変えるな」と言っていました。ジオメトリは、ライドの質を決定づける要素でもあります。これも、我々の「一つの要素ではなく全体像を見る」というアプローチの一つなんです。

最高のチーム、最高のバイク
カーステン:結果的に、ピナレロをパートナーに選んでよかったと思っています。ファウストともエンジニアともすぐに意気投合することができ、技術、工学、材料、空力……それぞれの分野でアイディアを出し合って細部について検討して、私たちに不足している専門知識があると、そのノウハウを持つ適切な人材をどこで見つけるべきかを話し合うことができました。それは時間をかけて段階的に築き上げられたものでした。

カーステン:私たちはこれまで経験したことのないほど自転車プロジェクトに深く関わることができました。ここでこうしてたくさんの歴史的なバイクに囲まれていると、私たちは本当に大きな進化を遂げたのだと感じます。これらのバイクの開発には本当に多くの時間を割きました。我々が最初に手掛けたバイクから、今年発売された最後の一台まで、それは大変な旅でした。同時に、素晴らしい旅でもありました。

ファウスト:当時、私たちはドグマを60.1から65.1へと進化させました。すでに非対称設計を取り入れており、当時最新の設計でしたが、数年後にはバイクを完全に一新する必要が出てきます。
チーム・スカイとのパートナーシップによってピナレロにもたらされた「マージナル・ゲイン」という概念。それは、同社の旗艦であるドグマの全面一新につながる。きっかけとなったのは、ウィギンスのTTバイク開発だった。
ファウスト:TTに強いウィギンスがチームにいたとき、アワーレコードに挑戦することになりました。そこで我々は新しいTTバイクを開発することにしたんです。私はディミトリス・カツァニスやエルヴィオ・ボルゲット、マッシーモ・ポロニアートらと一緒にアワーレコードのための新しいバイクを作り上げました。

ファウスト:当時はチーム・スカイをジャガーがスポンサードしていました。私がいつも言っているように、自動車業界は常に私たちよりも少し先を行っています。ジャガーには、優秀なエンジニアであり熱烈な自転車ファンでもあったジョン・ピットマンという人物がいました。彼がこの新型TTバイクの進化に大きく貢献してくれたのです。彼は我々にCFDを紹介してくれました。それまで我々は風洞実験で自転車の空力テストをしていたので、CFDの導入で効率よく空力実験ができるようになったのです。
マッシーモ:ジャガーはCFD開発において我々をサポートしてくれ、バイクの空力開発を大きく加速させてくれたのです。


ボリデHR登場から1年後、ドグマの世代交代が発表される。空力を強く意識したドグマF8である。ファウスト氏はローンチイベントの壇上で、「議論はこれで終わりだ」と言い放った。
ファウスト:ドグマF8は新しい時代を開いたフレームだと言えます。
カーステン:当時私たちは、あれが史上最高のバイクだと思っていました。しかし、数か月後には、新しいアイディアが浮かんだのです。
Episode.3 part.2へ続く。
editor / Yukio Yasui