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Fausto Talks Episode.4|チーム・スカイとの15年間 part.2

ピナレロを率いるファウスト・ピナレロ氏が、これまでの自転車人生で象徴的なバイクに光を当てるドキュメンタリー動画「fausto talks」。エピソード4は、パートナーにチーム・スカイ(現:イネオス・グレナディアーズ)を迎えたピナレロの快進撃について。
FAUSTO TALKS|Episode.4 part.2 ピナレロ公式チャンネルはこちら
エンド・オブ・ディスカッション ドグマF8発表
前回のエピソードでは、チームの立ち上げから、チーム・スカイの哲学がピナレロのバイク作りに与えた影響について触れた。今回は、ピナレロの歴史を大きく変えることになったドグマF8以降のバイクについて、3人のキーマンが語る。
まず登場するのは、ピナレロ社でR&Dマネージャーを務めるマッシーモ・ポロニアート氏。
マッシーモ:私がピナレロ社に入社したのは2009年11月のことでした。チーム・スカイとのコラボレーションが始まったばかりの頃です。その翌年からチームはピナレロのバイクを使い始めましたが、数年後に発表したドグマF8で、私たちは大きく前進することになったのです。

続いて、2013年から2018年までチーム・スカイのスポーツディレクターを務め、現在はイネオス・グレナディアーズのパフォーマンスオペレーションディレクターの座に就くカーステン・イェッペセン氏。
氏はドグマF8のローンチイベントの壇上でこう語っている。「ピナレロというバイクメーカーの優位性、CFDや風洞実験などの技術、ジャガーから来た優秀な人材、チーム・スカイからのクレイジーなアイディア、それらをブレンドした結果がこのバイクです」

カーステン:ドグマF8はイギリスの自動車メーカー、ジャガーと共同で開発を行いました。ジャガーには知識が豊富で優秀なエンジニアがたくさんいました。カメラが回っているところでこんなことを言わないほうがいいのかもしれませんが、彼ら(ジャガー社のエンジニア)は、車と同じくらい自転車に興味があったと思います(笑)。ジャガーはドグマ開発の全てにおいて本当に大きな援助をしてくれました。彼らの中にはクレイジーなアイデアを提案してくれた人もいて、上手くいったものもあれば、上手くいかなかったものもありました。それでも、完成したバイクは大きな進化を遂げていました。初めてプロトタイプを作って風洞実験をしたときのことは今でも覚えています。結果が信じられなくて、私たちは何度も数字があっているか確認しなければなりませんでした。
大きな変化
ドグマ65.1からドグマF8への変化は、ドグマ史上において最も大きいものだった。当時すでに大きなブームとなっていた空力性能を身に付け、しかし重量や扱いやすさを犠牲にすることなく、フレーム剛性を高めて高出力・高速域へ対応させた。そこにはジャガーという異業種の存在が大きく影響していたのだ。しかし、それまでの遺産があってこその飛躍だった。
マッシーモ:ドグマ65.1という素晴らしいベースがあったことは大きいですね。左右非対称設計というコンセプトや重量はいいレベルにありました。それまでのドグマに欠けていたものがあるとすれば、空力性能です。それがジャガーとのコラボレーションによってもたらされました。選手は実際のロードレース中にどんな風速の風に晒されるのかを解析し、どんなヨー角を重視してバイクの空力性能を煮詰めればいいのかを学び、CFDの解析技術を会得し、それに基づいてバイクを進化させました。

ロードバイクの空力開発においては、風洞実験室の中で真正面からの風をぶち当てて「○W抵抗が減った」だの「全面投影面積がどうなった」だのというだけでは足りない。正しい前提条件の設定が不可欠である。
「時速○km時の空力性能を重視する」ことに加え、ヨー角も重要だ。レーシングカーや飛行機は速度域が高いため、多少の横風が吹いてもボディが受ける風の向きはほぼ真正面になる。しかし自転車はそれらに比べれば速度が低く、横風の中を走るとバイクに当たる風には結構な角度が付く。実際のレースの世界では、どんなヨー角が多く、何度を重視して空力性能を煮詰めればいいのか、そのスタート地点(前提条件)が間違っていれば、ゴール地点も間違うことになる。
ファウスト:ドグマF8は、チーム・スカイと共に新たな道を切り開いたフレームだと言えます。それはピナレロにとって新たな時代の到来を告げるモデルであり、その後のすべてのドグマへとつながる一台でした。

カーステン:ユニークで革新的なバイクはたくさんありますが、私たちが最初に作り上げたバイク(ドグマF8)は、当時は誰も真似できないほどベストな一台だったと思っています。しかし、数か月後には新しいアイディアが浮かび上がってくるのです。「航空宇宙産業や自動車産業で使われ始めたあの新しい炭素繊維を我々のバイクの開発に使ったらどうなるだろう?」「大学や研究機関からのこの情報を活かせないか?」と。
ファウスト:カーボンの時代がいつまで続くか分かりませんが、今のところカーボンより優れた素材はありません。技術も革新も止まりません。私たちはすでに先を見据えて、チームのために次のバイクを作るべく取り組んでいます。




カーステン:私たちが新しいプロジェクトについて話すときは、オフィスの2階にある大きなテーブルの周りに集まって、これらの歴史的なバイクを眺めながらブレインストーミングを始めます。これはファウストが気に入っているやり方なんです。それに、ピナレロのバイク開発のユニークなところは、ファウストの決定が早いこと。大企業では、なにかを決めるときに方々の部署に許可を取らなければなりません。「これをやってもいいでしょうか?」「あれについてはどうでしょうか?」「そのための予算はあるでしょうか?」と。しかしピナレロではそんなことは必要ありません。このピナレロのやり方は本当に気に入っています。

コンフォートゾーンからの脱却
いいチームとのパートナーシップの影響は、ロードバイクやTTバイクに留まらなかった。
ファウスト:チーム・スカイとイネオスとの協業によって、ロードバイク、TTバイク、トラックバイクからグラベルバイクまで、幅広いラインナップを完成させることができました。例えば、コナー・スウィフト(イネオス・グレナディアーズに所属するイギリス人選手。ロードレースだけでなく、グラベルレースでも活躍する)とは一緒にグラベルロード、シクロクロスバイク、MTBを進化させました。

マッシーモ:近年、様々な種目の自転車競技で活躍する選手が出てきました。例えばトム・ピドコックは、ロードレースやタイムトライアルだけでなく、シクロクロスやMTBでも活躍しています。ピナレロがロードバイク・TTバイク・トラックバイクという“コンフォートゾーン”から抜け出すときがきたのです。そして我々は、彼(トム・ピドコック)の体をスキャンして、彼の体にぴったり合うシクロクロスバイクを開発し、彼に届けました。たった6カ月で!次はMTBです。ピナレロは過去にMTBをラインナップしていたことがありますが、レースに特化したバイクではありませんした。しかし2人の素晴らしい選手(トム・ピドコックとポーリーヌ・フェランプレヴォ)と共にMTBの開発プロジェクトが動き始めたのです。私たちにとっては、ほとんど未知の分野でしたが、4カ月で私たちは新しいMTBを作り上げました。そのドグマXCはオリンピックで男女ともに金メダルを獲得することになるのです。


カーステン:自転車の進化は止まることはありません。毎年のようにいろんなものが進化します。ライダーはどんどん速くなり、バイクはどんどん洗練されていきます。もし30年前に「変速は電動化される」なんてことを言っても、誰も相手にしてくれなかったでしょう。しかしそれは現実になりました。進化は常に続いており、止めることはできません。そして現在、技術競争はより激化しています。なぜならハイエンドバイクはどれも完成度が上がっているからです。それによって技術競争はより面白くなっています。少なくとも、私にとっては。私はチャレンジすることが好きなんです。
ファウスト:スカイとイネオスの15年の間に、自転車競技は変わりました。選手たちはみな若くなり、彼らに対するアプローチも変化しました。でも、「勝ちたいという強い意志」は変わりません。
マッシーモ:この数年間は、研究開発においてまさに激動の時代でした。アイディアをすぐに検討して実行しなければなりませんでした。これからも、私たちは常にアンテナを張り続けます。ファウストもチームもそれを期待していますし、それがピナレロの強みです。
カーステン:今、新しいアイディアがあるかって?もちろん!まだお教えすることはできませんが、新しいアイディアは常にあります。
動画の最後に、ファウスト氏とカーステン氏のアフタートークが収録されていた。
ファウスト:モンヴァントゥでクラッシュしたときのクリス・フルームのバイクをまだ持ってるんです(2016年のツール・ド・フランス第12ステージ。残り1km地点でカメラモトが観客に阻まれて停止、それにクリス・フルーム、リッチー・ポート、バウク・モレマが追突した事故のこと。フルームのフレームは、後ろから走ってきた別のモトが乗り上げて破損してしまい、フルームはバイクを置いてランで頂上を目指した)。
カーステン:フルームのドグマが現場に置き去られていたので、警官が私たちを追いかけてきたんです。観客からフルームのバイクを受け取るために、私は山を駆け下りなければなりませんでした。それは当時を象徴するシーンでした。その場にいられたということは、とても特別なことだったと思います。

2010から2024年。チーム・スカイ、チーム・イネオス、そしてイネオス・グレナディアーズは、この14年の間に59回のステージ優勝を含む12回ものグランツール総合優勝を達成した。グランツール以外のステージレース80勝、モニュメントレース3勝、世界選手権8勝、ナショナルチャンピオンシップ53勝、アワーレコード達成2回。ワールドツアーランキング首位2回。トータル522勝。ちなみに、この14年でピナレロがチームのために開発したバイクの数は26台である。2025年も、そのパートナーシップは続いている。
editor / Yukio Yasui