
fi’zi:k | 誕生のルーツと現在 #01
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THE ANSWER記念すべき最初のコラムは、シクロワイアード編集部の協力のもと、イタリアのフィジーク本社でAM Global Business Managerを務めるニコラ・ポレッティ氏にインタビュー形式での取材が実現した事から幕を開けた。
Question.
フィジークとはどのような企業で、どのような想いを込めて製品を世に送り出しているのか?
この疑問の答えを探り出すために、ブランドの成り立ちや開発思考、製品に込められた想いを、ニコラ・ポレッティ氏に問いかけ、それに答えてもらう形で共に紐解いていきたいと思う。
#01ではフィジーク誕生のルーツを紐解き、その過去から現在地への道すじを辿りながらアンサーを探る。
#01 fi’zi:k PREQUEL
イタリア北部のヴェネト州は、サイクリストなら誰もが認める世界的な自転車ブランドがひしめく、イタリアでも指折りの自転車産業が盛んな地域だ。当社が取り扱うブランドでは、ピナレロをはじめカンパニョーロやフルクラム、エリートといったブランドがそれにあたる。

そのヴェネト州ヴィチェンツァ郊外のポッツォレオーネという町に、世界中にコアなファンが存在するフィジーク、そしてグループを束ねるセラロイヤルの本社がある。創業当初から変わらずブランドの中枢を担い、現在は本社機能と開発部門、さらにフィジークのパフォーマンスサドル製造を担う主要ファクトリーが集約されている。
セラロイヤルの原点は、1956年に元薬剤師のリッカルド・ビゴーリンが立ち上げた、小さなサドル工房。彼は2014年1月に逝去するまで、あらゆるスタッフと日々コミュニケーションを取り、その情熱を伝播し続けた。
創業から約70年、いまや同社は年間1400万個以上の製品を手がける、世界最大級のサドルメーカーへと成長した。

ニコラ:僕の仕事は、フィジーク・ブランドのことを、もっと世界中の人に知ってもらうこと。日本からはるばる来てくれて嬉しいよ。
THE ANSWER編集部(以下TA):まずはフィジークというブランドの成り立ち、誕生のきっかけを聞かせてください。
ニコラ:40年前、自転車業界は今と比べて極めてシンプルでした。
ごく普通のスチール・バイク・フレームに、スチール・ホイール、そして天然皮革か合成皮革のサドル。しかし、軽量なアルミニウムやカーボン・ファイバー製のフレームやホイールが開発され始めたりと素材革新が起こり、自転車業界に大きな変革が起ころうとしていました。

もちろんセラロイヤルは、古くは60~70年代から、フランチェスコ・モゼール*1 といった当時のスーパースター選手にサドルを供給したりと、サイクルロードレースの最高峰の舞台でも使われていましたが、90年代中頃により一層進んだ、最先端で洗練された製品だけを開発・生産するブランドを作ろうと決だだしました。それが1996年にフィジークがハイパフォーマンス・ブランドとして形になった大きな理由です。
*1 パリ~ルーベ3連覇を筆頭に、ジロ・デ・イタリアや世界選手権での優勝経験を持つイタリア人ライダー。
TA:現在フィジークのサドル開発にとって最も重要視している事は?
ニコラ:そもそもフィジークとは、どんな意味かご存知でしょうか?そう、「physique」。つまり人体を表す言葉です。特にスポーツ用品では重要視されることですが、身につけるものは身体にフィットしないといけません。
例えば普通の靴。快適に歩くためには、靴に対して脚を合わせるのではなく、脚に合う靴でなくてはなりません。自転車も同じで、ライダーこそが全ての中心であり、自転車も、サドルも、ライダーにフィットするものであるべきという考えがフィジークのブランド・フィロソフィーの根幹にはある。ライダーに合うものを開発し、デザインし、そのパフォーマンスを提供する。
フィジークという名前は、ブランドそのものを体現しているのです。
ブランドの最初の一歩はプロチームとコラボレーションすることでした。より質の高いフィジーク製品を生み出すために、サエコ*2 やランプレ*3 など、今まで以上にたくさんのチームと共に開発し、一歩抜きん出たサドルを作りました。それが初代のARIONEです。
*2 1996~2004年活動のイタリア籍プロチーム。マリオ・チッポリーニやジルベルト・シモーニ、ダミアーノ・クネゴなど、当時の人気選手を擁した。
*3 1991年に発足したイタリア籍のプロチーム。2003年には上記のサエコと合併。2017年UAE・チーム・エミレーツへ移行。
それまでとは全く異なる思想のもとに生まれたアリオネは、世の中に大きなインパクトをもたらしました。
そう、UCIがレースでの使用を禁止するくらいに…(笑)。
でもあまりにも選手たちがARIONEを気に入ったので、どうにかUCIを説得して使用許可を得たという逸話もあるんです。つまり、フィジークはライダーの身体にフィットする製品を目指し、革新的な物づくりをブランド立ち上げ当初からしてきたということです。そのフィロソフィーは今も全く変わっていません。
TA:バーテープやシューズといったサドル以外のカテゴリーにチャレンジするきっかけは?
ニコラ:自然な流れだったから、と言う他ありませんね。
フィジークはサドルから始まりましたが、ブランド・フィロソフィーの通り「身体と自転車を繋ぐもの」として考える中で様々なチャレンジをしてきました。バーテープ、シューズ、そして最新カテゴリーのヘルメット*1。シューズやヘルメットは当然フィット感が重要ですし、もっと洗練されたデザインで、もっと機能性に優れた製品を作る自信があると考えたのです。また、以前はハンドルやステムも作っていた時期がありましたし、セラロイヤル・グループ全体で見ればクランクブラザース(ペダル)など、そのバリエーションは多岐に渡ります。
*1 日本国内では未展開。
TA:デザインの話が出ましたが、フィジークの製品は美しいデザインに溢れていると感じますが、プロダクトデザインにおいて最も重要視していることは?
ニコラ:ハイパフォーマンス・イタリアンブランドですから、デザインにこだわるのは当然のことと考えています。そしてデザインだけでなく、機能性と両立すること。これに尽きると思いますね。
例えば2025年5月にリリースしたばかりの、新しいフラッグシップ・ロードシューズVENTO VEGA CARBONが良い例でしょう。
まず、基本的にシューズは美しくあるべきです。それを実現するために、開発工程は形状やカラー、ロゴの配置など、デザインを書き起こすところから始まります。そしてエンジニアたちと、快適性とパフォーマンスを引き上げるためにディスカッションしていく。フィジークの開発ポリシーは「デザイン、快適性、そしてパフォーマンス」。これに尽きるのです。

また、デザイン面で言うと、他のメーカーに比べてカラーパレットが豊富であることも特徴です。シューズではブラックとホワイトを常に用意していますが、もっと若い世代や、人とは違うものが欲しい人に向けてカラーモデルを多数用意しています。VENTO FEROX CARBONのライム/パープルや、VENTO POWERSTRAP AEROWEAVEのヴァイオレット/ネオングリーン。こういったプロダクトは我々としても、とてもワクワクするものです。
TA:あなたの視点から見て、フィジークと他のブランドとの違いはどのようなことでしょう?
ニコラ:私たちのユニークなポイントは、他ブランドがやっていないような、独創的で、ちょっと奇抜なアイディアを通して「デザイン、快適性、そしてパフォーマンス」を伝えることにあります。サドルならアダプティブ、そしてOne-to-Oneなどは他に先駆けたプロダクトやサービスですし、シューズではBOAだけではなく、POWERSTRAP構造を採用したモデルをリリースしています。
もちろん他社だって、素晴らしい製品をリリースしていますよ。でも、フィジークは、デザインにこだわった美しい製品に、それがユーザーにとってメリットになると信じている独自の構造を取り込むことが大きな特徴です。製品というよりも、製品に対するアプローチの違いは明確にあると感じています。
TA:開発段階からのアプローチの違いは確かに感じる部分ですね。製造段階においては、サドルの最終仕上げは職人による手作業と聞いていましたが、今でもそうなんでしょうか?
ニコラ:その通りです。本社裏手のサドル・ファクトリーでは、成型から仕上げ、品質管理に至るまで、すべてを自社内で完結する体制が整えてあります。フィジークのサドルは、このファクトリーでのみ製造されています。

サドルの製造自体は、多くの工業製品と同様、ライン生産方式によって進められますが、工程の随所に熟練の職人達の手作業が入っています。
表皮の貼り付け、カーボンレールとベースシェルの接着、そして最終的な品質チェックに至るまで、製造工程の大部分が手作業によって支えられています。
私たちはイタリアの職人が、イタリアのファクトリーで手作業することに意味があると考えています。それこそがフィジークがハイエンド・ブランドとして最も大切にしていることであり、自分たちの手で作り上げる「手間」にこそ、フィジークのDNAが宿ると信じています。
Answer.
世界最大級のサドルメーカーのハイエンド・ブランドとして誕生し、身体にフィットする革新的な物作りをおこなうフィジークは、デザイン、快適性、パフォーマンスのすべてを併せ持つ製品を世に送り出すことを使命としている。
#02へ続く
PHOTO & INTERVIEW: So Isobe – Cyclowierd
EDIT: Hirofumi Fukuda